世界の街角で
西蔵(チベット)へ行こう
ラサ・ポタラ宮

文/写真/イラスト  加藤暖子

 中国青海省のゴルムド(格尓木)という街はコレといった観光スポットもなく、あまり行く必要のない小さな街である。しかし、その土地を訪ねる外国人は少なくない。かく言う私も初夏のゴルムドを訪ねた一人である。ここへ行く外国人の目的はただ1つ、『チベット入境』である。
 チベットに入るのに1番手っ取り早いのはどこかの土地からチベットの首都ラサ(拉薩)に飛行機で降り立つ方法。陸路ではネパールもしくは中国からバスに乗ってラサへ…となる。陸路好きの私が選んだのはバスルートである。ゴルムドからは毎日ひっきりなしにラサ行きのバスが客引きをしている。そのバスに中国人のフリをして乗ってしまうのは一番安上がりだが非合法である。外国人はパーミッション(入境許可証)を取ってチベット入りするのが合法手段。しかし非合法が150〜250元に対し、合法では1000元以上と値段がべらぼうに違うので、非合法でチベット入りする外国人は後を絶たない。チベット入境後、何かのトラブルに巻き込まれた場合、『入境記録』のない外国人(すなわち非合法の入境者)は面倒なことになる。さんざん悩んだあげく、私はやはり合法ルートを取ることにした。1180元であった。一応値切ってはみたが、合法=役所絡みなのでやはり無駄であった。
 それだけ高い料金を払ったからといって、特別なバスに乗れるのかと思ったら大間違い。バスは中国人、チベット人と一緒の何の変哲もないオンボロバス。私以外の彼らは250元で乗っているのかと思うと、かなり悔しい。
これが例のバス、外観は立派だが実はとんでもない!
 夕方、予定時刻を軽く1時間以上過ぎてから、バスはゆっくりと出発した。青海省とチベットを結ぶこのルートは青蔵公路と呼ばれ、1200km弱の道程には5000m級の山越えが2回もある。1つ目の山越えからラサまでは平均高度4500mと、超過酷なものである。「何時間かかるの?」との私の問いにキップ売りのオジさんは「たった1日だよ、24時間。1晩寝たら明日はもうラサだ。」と無愛想に言った。自分で聞いておいて何だが、中国でこの手の問いに返ってくる返事はあくまでも『夢』であって、『目標』にも到達していないのが常である。この時も私はオジさんの話を話半分に聞いておいた。
 出発したバスは程なくして寒々とした荒野に入り、どんどん標高を上げていく。反比例して気温の方はぐんぐんと下がっていった。5月だというのに手元の温度計はあっという間に氷点下である。ダウンを着て毛布にくるまるが氷点下の隙間風は容赦ない。雪山を望む荒野の真ん中でトイレ休憩があった。次のトイレ休憩は運転手の独断で決まるので、ここは言うことを聞いて素直に従った方が良い。男と女が自然にバスを挟んで両手に分かれ、少しバスから離れてちょっとした起伏に隠れて皆が次々にしゃがみこむ。「ここではちょっと…」等と躊躇しているヒマはない。
寒〜い風景、雲を切ってバスは進む
マイナス度の氷の大地でいつまでもお尻丸出しにしているわけにはいかないのである。皆何もなかったかのように『事』を済ませ、速やかにバスに戻る。…がバスは出発しない。何故か?お約束の『故障』である。中国の長距離バスは途中で必ず故障する。私は何十回も長距離バスを経験しているが、故障しなかったバスはただの1回もない。バスから降ろされ、乗客皆でバスを押した事も一回ではない。私の確率が高すぎるのか?それとも中国バスの旅には故障が余興として組み込まれているのか?私は後者だとふんでいる。実際、中国人運転手は故障修理を楽しんでいるフシがあり、その修理技術を乗客の我々に見せつけたいのでは?とも思える。以前どこかで乗った長距離バスは走り出して一時間で故障し、運転手は「部品を買わないとダメだ…」と言い残し『部品』を買いに行った。何時間もして帰ってきた彼の手には何と丸ごとのエンジンがあったのである。私は度肝を抜かれたが彼はその後黙々と修理をし、すっかり日も暮れてから何事もなかったようにバスは走り出したのである。乗客達は文句を言っても無駄な事にすぐに気付き、食事に行ったり雑談したり、中にはその本格修理を手伝う乗客も出てきて、結構楽しく過ごしてしまう。
 この時の故障は幸い3時間ぐらいでなおったが、完全な修理ではないためその後も何度か停まった。
キップ売りオジさんの言った「翌日」には案の定ラサには着かなかった。標高が4500mを超えている事は体でわかった。空気が薄く頭がズキズキ痛む。高山病である。乗客の親子連れは、親が子供に酸素ボンベで酸素を与えだした。出発時、簡易酸素ボンベがキップ売り場に売っていたのに「私は大丈夫!」などとたかをくくり買わなかったのは失敗であった。普段健康でも高山病は別なのである。
 結局ラサまでは40時間以上かかった。しかし、時間をかけて辛い思いをして目的地に着くのはとても達成感のあるものなのだ(…と、自分に言い聞かせる)。
 肝心のチベットの話は次回に。これからバスでチベットに行く皆さん、防寒着と酸素ボンベは忘れずに! え?バスでは行かない?

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