中国現代絵画の20年
李可染(1907〜1989)

川浦みさき(画家)

最是江南春光好『栄宝斎画譜(81)山水部分』

 1981年、それは、文化大革命という嵐がようやく終わり、まだ中国の大地のあちこちに生々しい傷跡が残っていたころだった。私が中国美術史を勉強するため留学した北京中央美術学院は、全国から優秀な学生が集まる超エリート大学で、「中国は変わるんだ。」という熱気が充ちていた。そのころの同学(クラスメート)たちの口癖は、「越古越好(中国の文化は古ければ古いほどよい。新しいものほどだんだんだめになる)」だった。この言葉は、自嘲的にも聞こえたが、むしろ、自国の文化に対する大きな誇り、また偉大な伝統の中で新しいものを創り出したいという苦しみ、なによりもそれを破壊しようとした政治への強い憤りが私には感じられた。
 美術史科の旅行は、2か月をかけて西安・敦煌・新疆をまわる夢のようなスケジュールで、初めて「5千年の歴史」という言葉の重さを実感し衝撃を受けたのだった。
 山水画を学ぶために再び留学したのは85年。その時北京画壇の主流となっていたのは、李可染の水墨画だった。彼は自然を時間をかけて観察し続け、たんねんに写生を繰り返し、自身の体験と生活を題材に創作を続けた画家だった。「積点成線」という、一点一点を積み重ねて線を作り上げていく技法が特長で、揺るぎない線で絵が構成されている。さらっと描く「草草」「了草」の線は嫌っていた。大学はもう退職されていたが、時々山水画室に寄られ、孫弟子ということで私がお宅を訪ねたり、と何度かお会いする機会を持つことができた。小柄で丸顔、眼鏡の奥の瞳は小さく優しく、第一印象は「なんて穏やかな方だろう」と、この静かなまなざしから、厳しく雄壮な作品が生まれることに驚嘆した。
 李可染の弟子でもある私の恩師は、こんなエピソードを語ってくれた。「李可染の画室を訪ねると、彼はいつも熱心にある画集を見つめている。なんだろうとのぞいて見ると、それは印象派の画集だった。」李可染は水墨画に初めて逆光の表現を取り入れた、とよく評される。真黒の山、真黒の木、光は背後から当たり、黒いシルエットを一層浮かび上がらせる。この黒々とした墨の表現のために、文革のただ中で彼は「黒派」のレッテルを貼られ弾圧を受けたのだった。
 私は李可染の瞳を思い出しながら、彼の作品を見ている。重なり合う木々の間から一節の光が射し込んでいる絵だ。絵は、ほんとうにその人そのものなのだ。闇のような時代の中で、自身の新たな創作を続けてきた確かな目がそこにはある。そして、伝統と現代、東洋の線と西洋の光という問題に真摯な態度で取り組んできた一人の人間の眼差しがある。

川浦みさき 個展開催
中国・北京中央美術学院美術館にて 2001年5月5日〜9日

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