世界の街角で
台風台湾
小旅行

台湾の茶畑

文/写真/イラスト 山川幸代(中国茶館「悟空」)

 台湾は2回目だった。1回目は台湾茶の研修会へ参加のため。そして2回目は台湾冬茶の買い付け旅行だった。
 台風が近づいていた10月。悟空の店長である曽さんのお供をして、私は高山茶の産地である「梅山」に向かっていた。前々日に摘んだ冬茶が工場の方にあるというので、山の上の工場に向かうのだ。台中から車で小1時間、山をはどんどん高さを増し、舗装はしてあるものの、今にも土砂崩れが起きそうな道を上っていく。日光のいろは坂を凌ぐ急カーブ、運転の腕が未知数の運転者という絶好のスリル体験である。
 もしかして、茶の買い付けというものは命がけのものだったのか?知らなかった。だが、ここまで来ては逃げられない。
 晴れていれば爽快であろう見晴らしの良い景色も、暗雲が立ちこめ、木々がざわめくこの状態では、不吉な予感をさせるばかりだ。これは、もしかしてこのまま無事には済まないのじゃないか……私は言い様のない不安を抱いた。
 しかし、案に相違して、茶葉の買い付けは無事に済んだ。香り高い茶を試飲できたし、品質の良いものを手に入れることもできた。少々疲れ気味だが、充実した気分でホテルに戻った。すると、ニュースで台北の空港で起きた飛行機事故を伝えていた。たちまち、不吉な予感がよみがえった。
 そして、翌日、不安は現実となった。
 翌日は、台風一過の生暖かい風が吹いていた。買い付けた茶を送る手配を済ませ、台中の茶器を見て回り、茶館を見物し市内を回った。
 せっかくだから、と、ごちそうを食べることにした。台中で話題のステーキ店で、外観も落ち着いた感じの高級西洋料理店を選んだ。意外なことに、日本円に換算してもお安くはないメニューにもかかわらず、店内はほぼ満席だった。にぎわいのある店はうまい、というのはどこの国でも共通の鉄則である。それほどおなかはすいていなかったが、それでも期待して、名物のステーキ料理を注文していた。
 だが、その選択こそが、私を動けなくなるまで打ちのめすこととなった。
 それが登場した途端、すでに敗北したも同然だった。そのステーキの巨大さ。その威容は、大きさと形、その重量感は、我が家のアイロンに近い。
「いや、これは……」うれしいというよりもすでに苦しいという笑顔がにじみ出てしまう。まわりのテーブルでは「これがここの売りなのよ!」と、現地の人たちが目を輝かせている。彼らは意気揚々とナイフとフォークで攻略にかかっていた。ふと見れば、隣の曽さんも笑っている。それが私と同じ苦しい笑いなのかどうなのかは判断ができなかった。曽さんは中国人で、私は中国人の胃は米の5kg袋より大きいと信じている。
 見た目に圧倒されている場合ではなかった。なんとかしてこの巨大な肉の塊を攻略しなくてはならないのだ。寝不足が続いて、コンディションがいいとはいえない。しかし、こんなに周りのテーブルが喜んでいるものを食べ残すわけにもいかなそうだ。そうだ、そんな失礼なことは許されない。覚悟を決めて、ナイフを握り直した。
 ……異国での料理には気をつけた方がいい。一人前が一人前と呼べる量であるとは限らない場合があるということを覚えておいた方がいい。そして、願わくば、すべて食べきらなければならないという状態にまで自分を追いつめないように。満腹というよりは緊腹という状態で、胃の中に1ミクロンの隙間もなくなるまで詰め込まなくてすみますように。

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