「食」は中国にあり
曽慕蓮(元・浙江師範大学)


イラスト/浅山友貴




 「食」が中国の庶民にとって重要な位置を占めることは、「民以食為天(民は食をもって天となす)」という日常的な言葉にも表れています。「民にとって大事なのは食べること」という意味です。「暮らしに必要な七つのもの―薪、米、油、塩、みそ、酢、茶」といわれるそのすべては「食」に関するものです。顔を会わせたときにまず出てくる言葉はしばしば「こんにちは。」でなく「食事は済みましたか?」なのです。これは、そのころ中国の生産力が低かったため、庶民は「食べること」を生活の最重要事項とせざるを得なかったということもあります。現在中国の人々はすでに「腹を満たす」という問題は基本的に解決しました。次は「吃好(おいしく食べる)」という問題を解決しなければなりません。
 2000年以上も前にすでに孔子は「食不厭精、膾不厭細(飯は精白してあるほど、膾(なます)は細かいほどよい)」と言っています。当時の王侯貴族や文人にとって、「食」は腹を満たし命をつなぐためだけのものでなく、口と目を十分に楽しませるものでもありました。長い年月をかけ、中国人は「食」に対し比類のない経験を重ねてきました。孫中山(孫文)先生はこう言っています、「わが中国は文明の近代化という点では、どれもみな立ち後れてしまっているが、飲食の点では今なお文明国の及ぶところではない。中国の作り出した食物はもとより欧米を凌ぎ、中国料理の調理法のすばらしさは、欧米は肩を並べることができない。」
 中国は広大で、それぞれの土地の料理にはその土地の特色があります。山東料理、四川料理、広東料理、福建料理、江蘇料理、浙江料理、湖南料理、安徽料理、この八種の有名な料理の系統の中でも広東料理は、色・香り・味・形ともに美しく、鮮度・柔らかさ・口当たり・のどごしもすばらしく、最も好まれています。「食在広州(食は広州にあり)」といわれるゆえんです(広州は広東省の省都)。広州の料理店の数の多さは全国の大都市の中でも屈指といえます。そして、メニューが豊富で、調理法が優れ、食にかける時間が長いという特徴は、他の都市住民とは比較にならないほどです。たとえば普通、お茶は「飲む」ですが、広州では「お茶を食べる(吃茶)」と表現し、これは「食事する」ことを意味します。事実上「茶」はすでに脇役に退いているのに、です。そして、主役になったのは、甘いもの辛いもの、熱いもの冷たいもの、水気の多いもの少ないもの、肉料理であったり野菜料理であったり、中華あるいは西洋風の点心と料理なのです。さらに驚くことに、広州の人は一般的なニワトリやアヒル・魚・肉、活きた海鮮をおいしく調理するだけでなく、ヘビやネズミ・ネコ・サルなど、いわゆる空を飛ぶもの、地上をはうもの、水中を泳ぐもの、すべてがごちそうになって出てくるのです。
 広東料理の店は、国内の大小あらゆる都市にあるだけではありません。世界中の中国料理店で広東料理と名がつく店がもっとも多いというのは、怪しむことではないのです。もし、世界の「食」に中国を挙げるなら、その中国の「食」ではまず広州が挙がるのです。 
  イラスト/浅山友貴


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