薬酒を楽しむ

顧 徳栄

 中国のどこの家にもなにがしかの漢方薬材がある。そして、それを漬けこんだ薬酒を常備している家庭が多い。家庭訪問して、その家の自慢の酒を見せてもらうのも楽しい、また話題も尽きない。もらうつもりでほめるわけではないが、帰りには1本持たされる時もある。

 十数年前、友人が甘粛省に行き、おみやげに地元産のクコの実を頂いた。大きな紙袋にぎっしり詰めてあり、あまりの量の多さに、どう使っていいか迷った。クコは眼の保養によいという。スープやデザートに入れたりして食べたが、一向に減らない。長く置くと虫がわく、どうしたらいいかともてあました。そこで、家にあった何本かの中国酒を無造作に、クコを入れたビンにたっぷり注いだ。光を避けるため本棚の奥に置き、それっきりその存在を忘れた。

 退職後、本棚整理にかかった。何年も置き去りにされ、顧みられなかったクコ酒は、目を見張るほど鮮やかな赤色に染まっていた。

 瓶のふたを開けたときの、甘みがかったあの香り、アルコール知識に疎くても、これが「芳醇」の字の如くだと感じた。さらに喜ばしてくれたのは、味だった。こくがあってまろやかとはこのことなのだと思った。夫婦ともアルコールは強くないが、食事ごとにピッチをあげた。

 今でこそ三里屯・什刹海という地区にバーができ、もっぱら若者や旅行者でにぎわっているが、当時、北京には日本のような飲み屋はない。年配者は気心知れた者同士で、各家でチビリチビリとやる。「土酒巴(野暮ったいバー)」と人々は冷やかす。

 友人は自宅に50度の蒸留酒が入った4リットルボトルを数本持ち、それぞれにクコの実、朝鮮人参や薬草などを入れている。ボトルの下には小さな蛇口がついていて、そこから食事のとき適量を、気候やその日の自分の体調に合わせ、飲み分けている。減ってくると酒を足していくという。友人に「夏場は暑いので、薬酒は飲めないわね。」と言ったら、「加減して飲めばいい。」と返事が戻ってきた。

 若いとき肺機能のトラブルがあり、医者の勧めで冬虫夏草と他の漢方薬の処方を飲み続けて、健康を取り戻した人がいる。彼女は今でも、冬虫夏草をアルコール漬けにしている。

 要は皆、自分の体に合ったものを作っているのだ。漢方薬店では、酒漬け用のいろいろな薬材を売っているし、相談にものってくれる。

 私はクコ酒が縁で、漢方薬酒にはまってしまった。クコの実はもちろん、鹿の角・霊芝・雪蓮花と、そばにあったものをかたっぱしから漬けていった。あのクコ酒の再現を期待して(ちなみに鹿の角や霊芝は強壮作用があり、雪蓮花はリウマチや神経痛によいといわれる)。

 1年ほどたって飲んだが、あの時の味にはまだほど遠い。


 イラスト/浅山友貴

【戻る】


- oisii-net -


webmaster
Copyright 豆彩 ©oisii-net