玉版美鮓


高橋忠彦(東京学芸大学)

   スシは今日では、日本料理の代表のようなものであるが、その原型のナレズシは、中国で古代から作られ、「鮓」と呼ばれた。北魏の『斉民要術』には鮓の詳しい製法が載っており、魚の切り身を塩と米の飯で漬け込むものである。古代日本のナレズシも、そのような食品であったが、室町、江戸と発展を続け、飯の部分も食べるようになり、現代の押し寿司やにぎり寿司に変化したとされる。一方で、近江や紀州には古いナレズシが残存している。なお、日本ではスシを「鮨」とも書くが、この字は魚の塩辛や魚醤の意で、鮓と意味は近いが別の言葉である。
 中国の鮓は具体的にどのようなものであったであろうか。宋の梅堯臣は「韓子華の東華市の玉版鮓を寄するに和す」という詩を作り、知人が首都の市場で求めて送ってくれた、魚の鮓を詠んでいる。
 客従都下来、遠遺東華鮓。荷香開新包、玉臠識旧把。色潔已可珍、味佳寧独捨。莫問魚与龍、予非博物者。 大意:客が都から遙々やって来て、東華の市場で買った鮓を届けてくれた。香りも新しい蓮の葉の包みを開けると、鮓の玉のような切り身は熟成したものと見える。色は清らかですばらしく、味は旨くて手放しがたい。私はそんな物知りではないのだから、この肉が龍のものか魚のものかを聞かないでくれ。
 この詩に詠われた玉版鮓は、玉の板のような鮓という名前であり、保存に向いたナレズシの一種であろう。宋初の『清異録』には、「玲瓏牡丹鮓」が見えこの同類と思われる。魚の薄片を円く盛りつけると、薄紅色の牡丹の花に見えるということで名付けられている。
ところで宋のころの料理書を見ると、魚のナレズシ以外に、多様な鮓の新種が存在していたようだ。呉氏という女性の著作とされる『中饋録』には、麩を用いた「素筍鮓」、、マコモを用いた「●白鮓」、ニンジンを用いた「胡蘿卜鮓」が見え、いずれもナレズシでなく、材料を香料や調味液に数時間漬け込んだものである。同書には、雀を漬けた「黄雀鮓」、豚肉や羊肉を漬けた「肉鮓」の製法も記される。中国でも鮓が多様に発展した時期があったことは興味深い。
 (イラスト浅山友貴)

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