世界の街角で

北京の夏のカルチャーショック

文と写真/孔g(外国籍県民かながわ会議委員)



北京の夏は暑かった。
 今年の7月、6歳の娘、理奈をつれて1か月ほど北京に里帰りした。日本で生活して12年、ほぼ毎年帰っているが、今年の暑さにはびっくりした。
そこで暑気払いに、娘を連れて、近くのプールへ行くことにした。日本で娘は1年間ほど、水泳教室に通っていたことがあったが、4〜5mほどバタ足で進むことができるだけで、まだ、泳ぐことはできないので、このときを利用して集中的に練習させようと思ったからだ。それには、短期の水泳教室に通わせるのが手っ取り早い。

 そこで、いとこの8歳の息子が、「6か月通って、平泳ぎ、クロール、背泳ぎからバタフライまでできるようになった」という水泳教室に見学に行くことにした。その水泳教室は、かつて地方の水球の選手だったという40代の馬さんという男性が教えている。
 実は、娘はプールに行くのを頑なに拒否していた。日本の水泳教室で水を飲んで、「もう、プールに入りたくない。」と言って、プールサイドで泣き続けたことがあったのだ。「とにかく見るだけでいいから行ってみよう。」と言ってなんとか連れ出してきたのだ。

 見て驚いたのは、そのスパルタ教育ぶりだ。日本の教室では、子供が水に慣れるまで、実に丁寧に、子供の気持ちを和らげつつ、あくまで優しく指導してくれる。そう、娘が泣いた時も、先生は笑顔で抱っこしてくれていた。
 ところが、この馬先生の教え方は大違い。
 まだ、水が恐いのだろう。1人、プールの淵にしがみついて泣いている子供がいた。娘と同じくらいの歳の男の子だ。どうするのかと見ていると、馬先生は、その子に浮き輪をつけさせると、抱き上げて、やおらプールの中へ投げ込んだのだ。当然のこと、その子はさらに大きな声で泣き出した。これが、日本なら、母親たちにその横暴さを非難される行状だろう。
 男の子は必死の形相で、手足をばたばたさせていた。でもしばらくすると、浮き輪で沈まないことに安心したのか、泣きつかれたのか、静かになった。馬先生が再びやってきた。今度はどうするのかと見ていると、男の子に浮き輪の代わりにボードを与えて、ばた足の練習をさせ始めた。
 他の子供の後ろから、懸命についていこうとする男の子には、痛々しさもあったが、それでも負けまいとがんばる姿は感動的ですらあった。
 ところが、娘にとってはまさに驚きの光景だったようで、ただちに「絶対、水泳教室には入らない」と宣言して、二度とプールへは行こうとしなかった。
 この馬先生が特別に厳しい先生というわけではない、中国ではこのスパルタ式がごくごく当たり前のことなのだ。人口の多い中国で生き抜いていくためには、競争に勝たなければならない。その勝ち抜く力を子供につけさせるために親たちは投資するのだ。
 水泳教室には、子供が泳げるようになるためにお金を払っている。ならば、どんな方法を取ろうとも期間内に泳げるようにしてもらわなければ、お金を出した意味がない、中国の親はこう考えるのである。だから、子供が泣こうがわめこうが、おかまいなし。指導方法は先生に一任されていて、めったなことでは親は口出ししないし、子供がいやだと言っても途中でやめさせるなんてことはない。
 すべては、過剰な競争社会を勝ち抜くためための親心なのだ。
これで、ひとつ思い出したことがある。北京の公園には、横浜以上にトンボやセミ、チョウなどの虫がいる。活発な性格の娘は虫取りが好きなので、捕虫網と虫かごを買いに行ったが、どこにも売ってない。しかたなく、娘はスーパーの袋を棒の先につけたものを作って虫を追いまわしていた。しかし、地元の子供たちが虫取りをしている姿は見かけない。不思議に思って、いとこに聞いてみたら、「子供たちは習い事で忙しくてそんな暇はないし、外は暑いし、虫を追うのに夢中になってけがでもしたら、それこそ大変だ。第一、将来の役にたたない虫取りを親がさせるわけがない。」という答えが返ってきた。
 子供にとっては、夢も希望もない考え方だが、親にとっては一人っ子の将来に希望を託すための現実的考え方なのだろう。
 確かに中国の子供たちは競争心が強く、その点では日本の子供たちよりたくましい。しかし、それが、必ずしも子供にとっていいことばかりではないだろうとは思う。

 だが、生涯雇用がくずれ、どんな大会社でもいつどうなるかわからないのが現在の日本の状況だ。こんな中で、強く生き抜いていく力をつけさせるための厳しさも必要ではないかと改めて考えさせられた北京の夏休みだった。 ※写真キャプション北京・故宮の夏中国中央電視台の職員住宅の元気な子供たち玉淵潭公園遊園地にて横浜の自宅にて(筆者)

※写真キャプション(上から順に)
北京・故宮の夏
中国中央電視台の職員住宅の元気な子供たち
玉淵澤講演遊園地にて
横浜の自宅にて(筆者)
 





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