北京の朝市

【陸汝富(北京放送)】


イラスト/浅山友貴


 一面黄色く枯れた芝生も3月上旬には、その根元から薄緑のかわいい若芽が枯れ草をおしのけるようにして顔をのぞかせる。北京の春は、この草の芽を合図に幕が開く。
 でもそのころは風もまだ肌を刺すように冷たいし、北海公園の凍てついた湖もまだ完全に解けていない。北京市民が肌で感じる春、心に映る春は3月下旬から4月下旬のたった30日間である。130日間もある冬に比べて、北京の春は実に短い。長く厳しい冬が終わって、やっと春が来たとほっとしているつかの間に、今度は長い夏がやってくる。まさに「春宵一刻 千金に値する」である。

 冬の間は寒さのためかぱっとしなかった北京の朝市も、春の訪れとともに活気づいてくる。私の住む放送局の社宅から歩いて10分ほど行ったところに、真武廟という通りがある。この通りは毎朝7時から9時までの2時間、自動車の通行を止め、ここに市が立つ。幅20メートル、全長200メートルほどの道の両側に、零細小売商がところせましと軒を並べる。こんなにたくさんどこから集まるのか不思議に思われてならない。

 この朝市では野菜が主役だが、豚肉、牛肉から天津直送の海産物まで、1日3食に必要な品物はすべてそろっている。我が家では買物カゴをさげて朝市に買い出しに行くのが私の役目である。私は週に2度ほど朝市に行くが、いつ行っても人でにぎわっている。特に土日は人の山ができ、そのこみようといったら、さながらお祭りさわぎである。売り手もこの人出を見て値段をつり上げ、品物は全体的に平日より少し高い。それにしても、北京市民の食欲旺盛なことにはあきれてしまう。

 なんといっても朝市は便利で、鮮度も良い上、どこよりも安い。そんなところに魅力があるのだろう。ここで露店を出す場合、複雑な手続きもなく、ごくわずかな管理費を納めるだけで、場所代や営業税など一切払わないそうだ。その管理費も平均十元前後である。どこよりも値段が安い由がここにあるようだ。物によるが、野菜は店を構えた八百屋より、2割から3割の格安である。新鮮な野菜が手に入ることも一つの魅力である。

ここに出荷される野菜のほとんどが、北京の郊外でとれるもので、農家が前の晩に取り入れたものをトラックや荷台つきのトラクター、馬車に乗せ、夜明け前に運び込み、朝市に出荷する。キューリも黄色の花をつけたままである。朝市の楽しみはそれだけではない。国営の商店と違って、品物は自由に選べるし、値段もかけ引きできる。それがはした金であっても、良い物を少しでも安く買った時は、またなんとも言えない、いい気分になるものだ。不思議といえば不思議である。


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