(No.2-9706)【曽徳深】
「頭は体のいちばん上にのっているが、生き方を変える上では、いちばん役立たずだ。かわりに手や足がせっせっと働く、頭はせいぜいのところ、目鼻のついたかぼちゃである。」(宮迫千鶴著『かぼちゃの生活』の書評より)

 新入社員の社内研修で、先輩コックの「微分、積分など学校で勉強したものは役に立たない、仕事は現場で覚えろ」ということばに、わが意を得たりと反応を示す新人が少なくない。進学よりも手に職をつける道をめざす若者が増えている。彼らは上の学校を目ざさなかったが、決して勉強嫌いではない。始業時間よりも、1、2時間早く厨房に入り、まな板に向かって黙々と包丁を使い、あるいは先輩が帰った後、厨房に残って、慣れない手つきで一心に鍋を振っている光景をよく見かける。

 習うより慣れろという。技術や業は頭よりも身体で覚えよということだが、これは決して頭の役割を軽視している意味ではない。赤ちゃんがことばを覚える過程を思い浮かべてみよ。母親の口もとをじーっと見つめ、発する一音一音を耳をそばだてて聞き、それをまねて自分の口で声を発してみる、それの繰り返しで、一言一言覚えていく、耳や口の働きで、脳が少しずつ育っていく、知恵が付いていく。

 手は第2の脳といわれる。ボケ防止に麻雀などの指先を使うゲームが有効なのは、手が対象物を認識するセンサーの働きと、対象物を変える働きをあわせもっており、脳を介して一つの回路を形成しているためである。人間は頭だけでなく、からだ全体で考える。五感や五体の鍛錬をおろそかにして、頭に知識だけを詰め込む教育に、懐疑的になる子供達がいるのは自然なのである。生きる知恵を習得するのにいろいろな道筋がある社会は楽しい。


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