北京の紅葉

【陸汝富(北京放送)】


イラスト/浅山友貴





  一年四季の中で最も短いのが秋である。北京の老人は、立秋を過ぎると「一雨ごとに寒さ増し、十雨降って綿入れ着る」と言う。10月も半ばを過ぎると、急に冷たい北風が吹き、木の葉も寂しそうな音を立て落ちていく。ほんの一瞬に街も殺風景になり、活気がなくなる。でも、北京の秋は短いだけに強烈な印象を与えてくれる。それはほかでもなく色彩に見る秋で、そこには春をしのぐものがある。山頂に立って山一面の紅葉をながめれば、あたりの山並みから紅葉の交響曲が沸き立つようで、それは見事なものである。
 唐代の詩人杜牧(とぼく)は「山行」という詩の中で、「霜葉は二月の花よりも紅なり」と歌っているが、ここでいう霜葉とは霜にあたって赤く染まった紅葉のことである。

 遠く寒山に登れば、石径斜めなり、
 白雲生ずるところ人家あり、
 車を止めてそぞろいに愛す楓林の暮れ、
 霜葉は二月の花よりも紅なり。

杜牧は紅葉が春の花より美しいといい、中でも夕あかねにあたる一時がとくに美しいといって、いつも夕日と紅葉をいっしょに歌っているが、それだけ夕あかねにあたる紅葉は人の心をとらえるのであろう。おもしろいもので、夕暮れに遠くからこの景色をながめているとだれもが思いがけない幻想に誘われる。元朝のフビライにまつわるこんな伝説がある。

お酒に目のないフビライは、この日も朝からずっと酒を飲みつづけ、日が西に傾くころ高台に登り、ほろ酔い気分で西をながめた。そのときである。あやしげな赤い光が天に登って行く光景を目にした。これには、酒の酔いもいっぺんで覚めてしまい、目を大きくして見ていると赤い光に迎えられるように、紫の雲がスーッと地上に降りてくるのであった。フビライははっとして、「神天より下りたり」と思い込み、翌日、さっそく夜も明けきらないうちに、護衛兵を引き連れて西北に向かった。フビライの一行がたどり着いたところは香山であった。が、そこにはそれらしき場所は見つからなかった。その代わり、世にもまれな美しい夕あかねに照る山紅葉にめぐり会えたのである。香山が紅葉狩りの名所となったゆえんもこの伝説によるという。

 今も毎年10月の下旬ころになると、香山は紅葉狩りに押し寄せる家族連れや若いカップルでにぎわう。このころはちょうど旧暦の9月9日の重陽節でもある。重陽節には、お年寄りがみな山に登り、山頂で菊酒をくみかわし、たがいに長寿を祝い合う習わしがある。それも格好の場がここ香山なのだ。そんなわけで、このころの香山は山も人の山で、ゆったりと酒をくみかわすような雰囲気もなければ、またそんな場所もなかなか見つかるものではない。それでも北京市民は香山に登って一年一度の紅葉狩りを楽しまなければ気がすまないのだ。紅葉を見て初めて秋の訪れを感じ取り、長い冬の到来に向け心の準備ができるのだともいう。



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