世界の街角で
福建省に学ぶ
━福建省紀行その1━

七七子
illusutration【 会見千春 】


  烏龍茶でおなじみの福建省。また、それ以外では耳の痛い話である密入国問題、その他事件等で世間を何かとにぎわせている。きっと、みなさんの脳裏には、あまり良いイメージがないだろう。しかし、私は今回初めての福建省で、そんなイメージが打破されたのだった。福建人のその人柄の良さ、素朴さ、人情味あふれる彼らとの付き合いに、大家族の中にいるような温かさを感じるのである。

 私は香港から福建省のアモイ行きの便に乗り継ぎをし、福建省入りをした。福建省第二都市のアモイは、広東省寄りの南に位置し、5 月の気候は暖かいというよりも、まずムシ暑い。

 まずは鋭気を満たすためにアモイで一泊し、福建料理に舌鼓みを打っていた。すると後方でバチバチッと電気が破裂する音が聞こえ、「なんだ?」と振り向くと、そのレストランのウェイトレスは片手にプラスチック製のテニスラケットを持ち、蚊やハエをラケットのガットにたたきつけている。そのガットには電気が流れ、蚊やハエをショック死させるというもの。蚊の多い福建省ならではのもので、福建省の家庭では必需品になっている。「これはすごい!なんて便利なものがあるんだろう」、と感心したが、子供がケガをするなど、やはり問題があるらしい。

 あくる日、次の目的地である「章平」へと出発した。実は、私は日本を旅立つ前に3つの恐怖を感じていたのだった。ここからは6時間の汽車の旅、その3つの恐怖の内の1つはなんといってもトイレ。

 さて、中国のトイレ事情は、もうみなさんもご存じの通りあまりよろしくない。まして汽車と聞いただけでゾッとする。汽車にはトイレを済ませた後に流す水をタンクに積んでいるが、12時間もすれば水はなくなり、排出物は流されなくなる。

 行きの汽車はアモイ始発、そのためタンクは満タンで心配ない。しかし問題は帰りだった、なんと帰りの汽車は「上海〜アモイ行き」、上海からアモイまではまるまる24時間かかり、私が乗車する時には既に18時間が経過し、タンクの水は残りわずか。そこからアモイまで6時間、トイレ内は一体どうなっているのか…。それはご想像にお任せするとして、とにかくその物体に会わずに済むようにと、その避けられぬ生理的現象を最小限にできないかと試みた。まず起床してから出発まで、乗車中はもちろんのこと一滴も飲まずに挑み、私は努力のかいあって成功を遂げたのだった。

 そして第二の恐怖は車内での過ごし方。椅子の硬さは?クーラーはあるの?と不自由のない日本生活に習慣づいている私は、中国に不自由さを感じていた。

 中国では一等席を「軟座」といい、二等席は「硬座」。読んで字のごとく柔らかい椅子、と硬い椅子である。そして一等寝台を「軟臥」という。また、クーラー付きとクーラーなしがあり、料金設定は全部で四通り。このムシ暑さの中でクーラーなしの、一等寝台の「軟臥」に乗り、個室のドアを閉めてしまえばそこはサウナランドに変身する。湿気は80%〜100%、不快指数は200%、サウナ効果はバッチリ、ダイエットも夢ではない。私は運良くも?行きはそのクーラーなしの「軟臥」だったのだ…。しかし、その湿気の息苦しさの中で、ある一つの発見をした。たまに中国をテーマにしたテレビ番組の中で、汽車から乗客全員があふれんばかりに窓から顔を出している光景を目にする。あれはみんなで風景を楽しんでいるわけではないことが分かった。前説の通り汽車の中はサウナ同然、だから自然と涼しい窓へと顔がいき、また暑い故に窓から離れられないのだ。子供が扇風機から離れないのと同じである。しかし自然な風は、クーラーの不自然な涼しさよりも心地いい、知らぬ間に私も、自然とその中の一員と化していたのだった。

 そして第三の恐怖は晩の宴会である。仕事で福建省を訪れていたため連日連夜の宴会で、60度ある白酒で「乾杯!乾杯!」の嵐は(各人とテキーラで乾杯するのと同じ)、多少たしなむ私も、楽しく飲むというより、もはや気力と体力の世界へと突入する。これが宴席での中国独特の接待である。これは余談だが、商談中に「ちょっとトイレに…」と席を立つと、さぁさぁこちらへどうぞと、ぞろぞろと6人ぐらいの人が同行し、連れしょんをする。これも接待の内の一つなのだろうか?端から見ればおかしな光景だが、なぜか人の温かさと親近感を覚える。

 私はこの福建省の旅の中で多くを学んだ。蚊取りテニスラケットの発想法やクーラーなしの汽車での過ごし方、相手をもてなす心。こちらから見て無意味なことがとても意味のあることで、その現れる行動は形作られたものではなく、まぎれもなく自然である。なんの不自由もなく、物が溢れかえっている今の日本社会は逆に不自然さを生み出し、それをごくあたりまえに受け止めてしまっているのではないだろうか…と感じる。




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