漆黒雪白


高橋忠彦(東京学芸大学)

  唐や宋のころに、固形の茶が飲まれていたということは、文献では確認できるものの、今のところ実物は発掘されていない。もちろんお茶の塊が長期間原形を保つわけもなく、今のところ故宮に残る清末の固形茶(普 茶)が、最古のものであろう。これは、写真で見る限り、茶葉を固めたもので、現在のいわゆる緊圧茶(主に後発酵茶を、蒸して圧力をかけ、塊にしたもの)と同じである。

 ところが、唐や宋の固形茶はそれと違い、蒸した茶の葉をすりつぶして固めるのである。ことに宋代の福建で生産された団茶(建茶)は、製法に手がかかっており、念入りにすりつぶしてペースト状にした原料を、型で形成したため、あたかも墨の塊のような外見を呈していたと思われる。よく竜鳳団茶という言葉が使われるが、これは、茶の表面に皇帝用の証として、竜や鳳の模様が浮き彫りにされていたのであり、その点でも墨とよく似ている。また、表面の色も黒色ないしは紫色等の濃い色であったらしい。

 ここで、南宋の陳淵の「留竜居士試建茶(竜居士を留めて建茶を試む)」という詩を紹介したい。

 未下 鎚黒如漆、已人篩羅白如雪。従来黒白不相融、吸尽方知了無別。老竜過我睡初醒、為破雲腴同一啜。舌根回味只自知、放盞相看欲何説。

 大意:建茶の塊は、金づちで砕かないうちは漆のような黒光りだが、粉末にしてふるいにかけると雪のように白い。元来黒と白とは相いれないはずだが、茶を飲むと両者に区別がないことが分かる。目覚めたばかりのところに竜居士が訪ねて来てくれたので、一緒に良い茶を砕いて味わった。それぞれの舌の付け根で茶の余韻を味わいながら、茶碗を置いたまま黙って見つめ合うばかり。

金づちでなければ割れず、漆のように黒光りする茶というと、信じがたいようであるが、茶の葉を蒸して練り固めてみれば、そのようなものを作るのは容易である。ただ、雪のように白い茶の粉については、なかなか再現することは難しく、謎が残るところである。



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