世界の街角で

アメリカ・カナダで味わう中国料理

文と写真 【 山下清海(東洋大学) 】


横浜中華街は、私の大学院の修士論文のテーマであった。それ以来、私はチャイナタウンや華人社会の研究を続けてきた。世界中、どこへ行っても華人がおり、あちこちにチャイナタウンがつくられ、おいしい中国料理が味わえる。もともと人文地理学が専門なので、旅をしながら研究もでき、撮影したスライドを学生に見せながら体験談を聞いてもらって給料がいただける。これほど恵まれた職業はないのではないかと思っている。 さて、この夏は北米に出かけ、サンフランシスコ・ニューヨーク・トロント・バンクーバーの四都市のチャイナタウンを見て、味わってきた。ここでは、アメリカ・カナダで味わう中国料理について述べてみたい。 数年前、文部省在外研究員としてカリフォルニア大学バークレー校でアメリカ華人社会について研究する機会があった。サンフランシスコからベイブリッジを渡ってすぐのところにある大学町バークレーの中心部に、多数の中国料理店があるのには驚いた。一軒一軒味わいながら数えてみたら、キャンパス周辺だけで20数軒あった。バークレー校の学生の3分の1以上がアジア系であり、その多くが華人である。教職員にも華人が多く、当時のバークレー校の学長も華人の田長霖であった。

バークレーに着いて数日間、アパートが見つかるまで、毎日毎日、モーテル近くの中国料理店を家族で探検して回った。台湾、湖南、山東、北京、香港などの地名を店名の一部に使った中国料理店では、中国各地の特色ある料理を味わうことができた。当時小学校3年だった息子が、「お父さん、アメリカ料理っておいしいね」と言ったことがなつかしく思い出される。 中国料理に限らず、アメリカやカナダの食事は、一人前の量が多い(多すぎる)。しかし、その割には料金が安い。ランチタイムであれば、一品の料理、ご飯、スープ付きの定食を、四、五ドル前後で提供する店が多い。この夏、サンフランシスコのチャイナタウンの小さな湖南料理店で食べたランチメニューの「湖南牛肉」は、3ドル95セントであった。サンフランシスコのチャイナタウンは、都心にあるので、昼時は摩天楼から出てきたビジネスマンたちでにぎわう。この点は、横浜中華街とよく似ている。ビールを注文すると、グラスが出てこない。客は皆、小瓶のビールをラッパ飲みしている。

 食べきれなかった分は、「ドッギー・バッグ」(飼い犬に食べさせるという口実から生まれた呼び方)という箱に入れてもらって家や職場に持ち帰る。私は大学院生の時にシンガポールの南洋大学に留学したが、シンガポールの人たちも「ダーパオ」(打包)といって、食べ残しを持ち帰ることが多かった。このような点は、日本人も大いに見習うべきだ。 アメリカやカナダでも、中国料理は一般庶民の生活に広く定着している。多くの中国料理店が、テイクアウトのお客のために配布用のメニューを用意している。鍋貼(焼き餃子)、春巻、古老肉(酢豚)、蒙古牛肉(モンゴリアン・ビーフ)、西蘭牛肉(ブロッコリーと牛肉炒め)、腰果雛丁(カシューナッツと鶏肉炒め)などは、ポピュラーなメニューである。 アメリカの中国料理店で、よく出てくるスープが 酸辣湯(hot and sour soup)である。もともと四川料理の代表的なスープで、その名のとおり酸っぱくて辛い。私の大好物でもある。 在留邦人のあいだで評判のよいメニューの一つに、木須肉(mu shui pork)がある。卵・野菜・豚肉の炒め物を、北京ダックのように皮で包んで食べるところが人気の秘密である。
最近、アメリカやカナダのチャイナタウンを歩くと、「越南」(ベトナム)の文字が多く目に付くようになった。一九七〇年代半ば以降、ベトナムをはじめカンボジア・ラオスのインドシナから、難民として移住してきた人たち(その中には華人が多い)が、生活の安定とともに、徐々にチャイナタウンに進出してきているのである。どこのチャイナタウンでも、ベトナム料理専門店や中国料理兼ベトナム料理店が目立つようになった。大衆的なベトナム料理の代表である「フォー」(pho、ベトナム風汁ビーフンとでも訳しておこう)の専門店も多くみられるようになってきた。そのほか、タイ料理店、ビルマ料理店、シンガポール・マレーシア料理店など、東南アジアの華人経営のレストランも増えている。 ひとくちにチャイナタウンといっても、手短に紹介するのは至難の業である。もし、関心のある方は拙著『東南アジアのチャイナタウン』古今書院(1800円)をお読みいただければ幸いである。  



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