世界の街角で

雲南省少数民族を訪ねて

絵と文と写真 【 加藤暖子 】


ー納西族(ナシぞく)編ー  雲南省の北西部に位置する麗江は、標高2400メートルの高地である。北側には、玉龍雪山と呼ばれる万年雪をかぶった勇壮な山が横たわり、空は青く、雲は頭のすぐ上を流れている。
 街の南側に四方街を中心とする旧市街地がある。狭くクネクネと入り組んだ小道は、すべて石畳が敷き詰められ、ナシ族の伝統木造家屋がひしめき合っている。普通、中国の街は、京都のように東西南北に整然と延びているが、かつて、麗江を治めていた木(ムー)氏は自分の名前が「木」なので、この街を城壁で囲んでしまうと「困」になり縁起が悪いと、城壁で囲まなかったため、ここの街はとても複雑に入り組んでしまったという。
   ここに住むナシ族は独自のおもしろい文字を持っている。世界で唯一、現在もなお使われている象形文字、トンバ文字である。旧市街の店の看板は、まるで子供の落書きのようで、見ているだけで非常に楽しい。おばあちゃん世代の女性は今でも民族衣装を着ている。
  袖口の広い上着の上に紺や黒のベスト、下はズボンの上に足首近くまである大きな紺色の前掛けをしている。さらに、背中には羊の皮でできたこれまた大きな背掛けをしている。この背掛けは、上半分が黒、下が白で、色の境目の部分には金属製の丸い円盤状のものが横一列に七つ並んでいる。円盤の中心からは白いひもが下に垂れ下がっている。これは、「七星羊皮」といい、黒い部分は夜空、7つの円盤は北斗七星、中心からのひもは星の光をそれぞれ表しているそうだ。
   旧市街の山あいにある「萬古楼」という楼閣を見に行った。入場券は世界遺産だけあって高い。いわゆる中国らしい楼閣なのだが、中に入ってびっくり!内側一面にびっしりと描かれている壁画が、今まで中国内では見たことのない非常に斬新な作風なのである。何百年も経っているとは思えない、極彩色の壁画を食い入るように眺める、写真をバチバチ撮る、「さすがは世界遺産!」と、感動することしきり。壁画の隅に書かれた作者の名前に目をやる。そしてあることに気がつく。名前には「98年」と添えられている…。
  「えっ?今年描いたの?」考えながらいろいろチェックしていくと壁や天井も新しく、さっきまで感動していた壁画の中にはなんと描いている途中のものまで発見する始末。色もきれいなはずである。実は、この麗江に96年2月、阪神大震災並みの大地震が、起こっている。局地的な地震で、麗江の街は大打撃を受けた。私の行ったこの年98年もまだ、麗江の街は復興の真っ最中であった。この震災のニュースは世界で取り上げられ、日本では義援金も募られた。そして興味深い復興が始まる…。
  日本でなら、いや、中国のほかの街でも、震災後の復興時は、最新技術を駆使して、新しい街づくりを目指すだろう。ところがここ麗江では完全に逆で、あえて昔ながらの伝統建築にこだわった。被害に遭った高層ビルも取り壊し、新築する建物は3階建てまでと決め、資材から様式まですべて伝統にのっとり復興している。
 そして見事、この旧市街全体がユネスコの世界分化遺産に登録されたのである。何のことはない私の訪れた萬古楼は、復興の一環に造られた新しい建物だったのである。萬古楼もあと500年も経てば名実ともに世界遺産になるであろう。
  麗江の北に白沙村という小さな村がある。訪ねてみるとそこは、何世紀も前から時間が止まってしまったかのような古い古い村だった。この小さな村に世界一有名なナシ族が住んでいる。和士秀、御年75歳、医師である。
 彼は自分自身の大病をきっかけに、故郷である玉龍雪山の薬草の研究を始める。
  そして、自身の病気を克服した後この白沙村に「麗江玉龍雪山本草診所」という診療所を開業したのである。彼は若いころ、英語を勉強していたため、英語は非常に流暢に話すが、中国語は得意ではない。彼は、「こんにちは!」という日本語で迎えてくれた。日本語もまんざらでもない。まずは自身も毎日飲んでいる健康茶をご馳走になる。彼が今までに雪山の薬草で治した患者は数知れず。世界中の報道機関でも取り上げられ、山ほどの感謝状が、各国から届いている。
 日本からの感謝状にはなんと白血病が治ったというものまであった。健康だけが売りの私も診てもらった。案の定、健康そのものという烙印を押されるが、なんだか悔しいので無理やり薬を調合してもらう。彼は薬の代金は口に出さない。自分でこれくらいと思う分だけ置いてくればいい。「病気の進行は待ってはくれない。」と世界各国からくる薬の注文に、送金を待たずにすぐに薬を送ってあげている。中国内のローカル紙によれば震災のときも彼は無償で被災者の診療にあたったという。別れ際、彼はにっこり「See you again!」と言った。穏やかな表情をする老人だった。また会うその日まで本当に元気でいてほしい。

 



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