羊羔美酒


高橋忠彦(東京学芸大学)

 中国の酒は、茶よりも歴史が古く、当然文学作品に描かれることも多ければ、異名も多い。茶の古い呼び名の「あ面(ろうめん)」「龍団」「鳳団」の類が、現在の中国茶の知識では理解できないのと同じく、酒の表現にも、「緑蟻(りょくぎ)」「浮蛆(ふしょ)」など不思議というか不気味なものがある。これは、酒を醸して泡沫の立った状態を形容した語であるらしい。宋代以前は醸造酒が主流で、しかも各家庭で酒を作ることが一般であったため、酒の表面を観察する機会も多かったことがうかがえる。
 酒の製造法自体も、現在とは違うものが多かった。宋代あたりの詩文に登場する名酒に「羊羔(ようこう)酒」もしくは「羔羊酒」というのがあり、もち米と羊肉と麹を10日ほど醸して作ったものだといわれ、現在汾酒(ふんしゅ)で有名な汾州(山西省)が、その名産地であった。どのような酒か見当がつきにくいので、南宋の晁公朔(ちょうこうさく)の詩「兵厨の羔羊酒を飲む」を読んでみよう。
 沙晴草軟羔羊肥、玉肪与酒還相宜。鸞刀薦味下麹蘖、醸久骨酔凝脂浮。朝来清香発瓮面、起視緑漲微生あ。入杯無声瀉重碧、僅得一夫無何為。君不見先王作誥已刺譏、後来為此尤可悲。
 大意:晴れた砂漠に若草が生じ、羊は肥え太る。その白い脂肪は酒と相性がよい。羊の肉を包丁で切って麹と混ぜて醸す。時間が経つと骨にまで酒がしみて、表面には脂の固まりが浮いてくる。早朝になると酒甕からよい香りが立ちのぼる。蓋を開けて見ると、緑の酒の表面にさざ波が立っている。杯に注ぐと、碧玉のようにとろりとして音もない。このような贅沢な酒は、一夫(百畝)程度の田畑では作りようもない。昔の聖王は、酒誥(しゅこう、『書経しょきょう』という本の篇名)を作って酒の害を戒めたが、後世の人間がこんな酒を作り出したのは嘆かわしいことだ。
 最後は『書経』などを引いて教訓めいてしまっているが、羊の味のしみたという濃厚な酒の具体的な描写の方が、われわれには興味深いところである。
(イラスト浅山友貴)
目次ページへ戻る

横浜中華街
おいしさネットワーク