世界の街角で

ボストンのチャイナタウン
   少数民族を訪ねて

絵と文 【陳天璽(ハーバード大学) 】


 世界どこにいっても、大なり小なりチャイナタウンがある。横浜のチャイナタウンに生まれ育ったせいか、私は旅に出ると、どうしても現地のチャイナタウンを訪れたくなってしまう。その街の様子や人々の生活をのぞいてみたり、そこでクリエイトされた料理を吟味してみたり、自分が慣れ親しんできた横浜の中華街と比べたりするのもまたおもしろい。これまで、数十のチャイナタウンを訪れたが、それぞれの街の規模、建築物、食べ物、人々の生活など、大同小異だが、その中にまた、いろんな文化や社会の影響が入り組み、おもしろい発見があったりする。
 私が今住んでいるボストンにあるチャイナタウンはアメリカの2大チャイナタウンであるニューヨークやサンフランシスコと比べると、あまり知られていない。規模もそれ程大きくない。私たちになじみの深い横浜中華街と比べれば、ボストンのそれは約3分の1ほどである。横浜の中華街がよくメディアに紹介され、エキゾチックな雰囲気を持ち、多くの観光客や若者を引き付けるのと比べると、ボストンのチャイナタウンは、どこか古ぼけていて、寂れた感じがしなくもない。横浜でみんなが思わずカメラを取り出したくなるような中華風の立派な牌楼や豪華な建物はほとんど見られない。いわゆるゲートも、白い柱に青い屋根がついており、「天下為公」と書かれたシンプルなものが一つあるだけだ。
 飾りっけのないボストンのチャイナタウン。そこと横浜中華街との大きな違いは、レストランにしても地元のチャイニーズの人達が主な消費者であることだ。顧客は中国系が大部分を占めているし、街では英語よりも、広東語など中国語の方が幅をきかせることも多い。横浜中華街によくある中華菓子などを販売しているお店もあるが、ボストンのチャイナタウンでは「お土産屋」としてよりも日常食べるパンやお菓子を売る「ベーカリー」としての役割のほうが大きい。チャーシュー入りのパンや、ココナッツカスタードの入ったパンなどチャイニーズテイストのパンを手に入れることができる。このようなベーカリーでは香港風のミルクティー(コンデンスミルクと砂糖がたっぷり入った紅茶)などが80セント(約100円)程で飲むことができ、街の人達が世間話などに時間を費やす場となっている。そんなベーカリーでお茶を飲んでいると、まるで自分が香港にでもいるような気にさせられる。
 ボストンのチャイナタウンのもう一つの特徴は、新しく移民してきた人々と古くから住んでいる華人が共存していることである。近年、中国、特に福建省からの移民が多いのは横浜も同じだが、ボストンでは東南アジアから再移民してきた人々が多く、老華僑が多数を占める横浜とは雰囲気がちょっと違う。ボストンのチャイナタウンの一角には、ベトナムなどから70年代に移民してきた人々たちが密集したエリアがある。そこには、ベトナム系が経営する料理店や貴金属店が軒を並べている。ベトナムの食品に特化したスーパーもあり、そこでは、フランスパンで作られたベトナム風のサンドイッチがテイクアウトできる。数年前にホーチミンでその味に魅せられてしまった私にとって、このサンドイッチがチャイナタウンで手軽に手に入るのはうれしかったりする。
 再移民してきた人達の多いボストンのチャイナタウンでは、コミュニティーの回覧板や、街に貼られているポスターなどには、英語、中国語、ベトナム語が最低限使われている。また、新しく移民してきた人達に開いている英語のクラスや生活上の援助などについてのお知らせが、しばしば広告されている。こうしたところにも、地元のコミュニティーに密着したボストンのチャイナタウンの様子がうかがえる。
 横浜とボストンだけを取って見ても、チャイナタウンの趣は違う。そして、それぞれのチャイナタウンがかもしだす「チャイナタウンくささ」も千差万別である。ボストンのチャイナタウンには豪華な中華風の建築物はあまりなく、エキゾチックな雰囲気を感じさせる要素は横浜中華街のようにあるわけではないが、それだからこそ、におってくる「チャイナタウンくささ」は、それでまた人を引き付ける愛らしさがあったりする。


 



目次ページへ戻る

横浜中華街
おいしさネットワーク